2026年2月の衆院選で落選した五十嵐衣里さんが、3月25日放送のABEMA「アベプラ」で「今は無職です」と現在の状況を語りました。
弁護士資格を持ちながら、なぜ無職なのか。元の事務所に復帰を断られたという経緯や、ひろゆき氏の鋭いツッコミがYahoo!ニュースのコメント欄でも反響を呼んでいます。
この記事では、アベプラでの発言内容の裏側にある、切実な金銭事情(落選議員のリアル)に加え、元の所属事務所の特定、さらにあまり知られていない『妊娠を隠して国会に立ち続けた』壮絶な過去まで深掘りしてまとめました。
- 五十嵐衣里の現在の就業状態と弁護士事務所に断られた3つの理由
- 中卒→トラック運転手→30歳で司法試験合格という異色の経歴
- あまり知られていない2025年10月の出産と、その背景にあった事情
五十嵐衣里の現在は無職──アベプラで語った落選後の生活
結論から言うと、五十嵐衣里さんは2026年3月現在、事務所に所属しておらず無職です。ただし弁護士資格は維持しており、個別に数件の案件を受けている状態。次の選挙への出馬意思も示しています。
「今は無職です」本人が明かした現在の就業状態
五十嵐さんは2026年3月25日放送のアベプラに出演し、こう語りました。
「今は無職です」
弁護士として何件か案件を持って少しはやっているが、メインの弁護士業としては今はない──という説明です。つまり事務所に所属しての本格的な業務は行っておらず、フリーランス的に個別案件だけ受けている状態ですね。
弁護士資格を持っている人が「無職」と言い切るのは、なかなかインパクトがあります。ただ実態としては「事務所なしの個人受任」なので、完全な無収入というわけではなさそうです。
「就活は10年ぶり」──30歳の司法試験合格以来の職探し
番組内でのこの発言、個人的にかなり引っかかりました。
「30歳のときに司法試験受かって就活しましたけど、就活は10年ぶりですね」
30歳で合格してから、政策秘書→弁護士→都議→衆院議員とキャリアが途切れなかったわけです。42歳にして10年ぶりの「職探し」。この一言だけで、落選議員のリアルが凝縮されている感があります。
次の選挙には出馬する意向を表明
五十嵐さんはアベプラ内で次回選挙への出馬意思を示しています。弁護士業務をしながら国政復帰を目指す方針で、受け入れ先の事務所も探しているとのこと。
ちなみに落選の経緯をおさらいすると、2024年10月の衆院選で東京30区から立憲民主党公認で出馬し、自民党の長島昭久氏を破って初当選。
しかし1年3ヶ月後の2026年2月、中道改革連合の公認候補として同じ東京30区から出馬するも長島氏にリベンジされ落選、比例復活もできませんでした。
落選した議員に党からお金は出るのか
「無職」と聞いて気になるのが、党から生活費や活動費の援助はないのか?という点です。
結論から言うと、落選議員への「生活費」の支給はありません。退職金もゼロ、失業手当もゼロ。落選した翌日から収入は完全に途絶えます。
ただし、党が次の選挙の「公認候補予定者」(総支部長)に任命すれば、政治活動費として月50万円程度が支給されるケースがあり、元参議院議員の金子洋一氏がブログで証言しています。とはいえこれは事務所の家賃とスタッフ1人で消える金額で、本人の生活費は別で稼がなければなりません。
しかも落選翌年は、前年の議員報酬(衆院議員の歳費は月129万4,000円)をベースに住民税が計算されるため、収入ゼロなのに税金だけは高額という状況になります。
「議員は落ちればただの人」とよく言われますが、ただの人どころか、マイナスからのスタートに近い。五十嵐さんが弁護士事務所への復帰を急いだ背景には、こうした切実な事情もあるはずです。
弁護士事務所に断られた理由──紀尾井町法律事務所の経緯
アベプラで最も反響があったのが、元の弁護士事務所への復帰を断られたというエピソードです。事務所はどこなのか、なぜ断られたのか。調べてみると、理由は3つの層に分かれていました。
元の所属先は紀尾井町法律事務所と判明
五十嵐さんが所属していたのは、紀尾井町法律事務所(東京都千代田区二番町9番地8 中労基協ビル3階)です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 事務所名 | 紀尾井町法律事務所 |
| 所在地 | 東京都千代田区二番町9-8 中労基協ビル3F |
| 弁護士会 | 第二東京弁護士会(第68期) |
| 入所時期 | 2020年3月 |
事務所の公式サイト(kioicho-law.jp)のニュース欄に「2020.3 五十嵐衣里弁護士が入所しました」の記録があり、2026年3月時点でも弁護士紹介ページが残っています。Wikipediaの脚注でも同事務所が出典として明記されています。
アベプラでは「元々所属していた弁護士事務所」としか語られていませんでしたが、事務所の公式サイトや弁護士登録情報をたどると、ここにたどり着きます。
理由①「次も選挙に出る」と伝えたら難色を示された
五十嵐さんの説明によると、復帰の相談をした際に「次選挙出る予定でおります」と伝えたところ、事務所側から「仕事を任せられなくなっちゃうので難しいんじゃないか」と言われたそうです。
弁護士業務はクライアントとの長期的な信頼関係が前提になります。「また選挙で辞めるかもしれない人」に案件を任せにくいという事情は、正直なところ事務所側の言い分も理解できます。
理由②「スペースがない」という物理的事情
さらに五十嵐さんは「スペースの問題があって、戻ってくるのにスペースがないって言われた」とも説明しました。
単純にデスクの空きがないということでしょうか。ただ、次のひろゆき氏の指摘を聞くと、額面通りに受け取っていいのかは微妙なところです。
ひろゆきの指摘──「別の理由で断られたのでは?」
ここでひろゆき(西村博之)氏がツッコミを入れました。要旨はこうです。
クライアント対応でなくても、裏方で書類作成や調査レポートを上げる仕事はあるはず。それすら断られたということは、「議員になるから」は建前で、別の理由で断られたのではないか──と。
さらに「リモートでやってる弁護士さんはいくらでもいるわけで。いろんな理由を付けて何とか断ろうとされてる」と畳みかけ、五十嵐さんは苦笑いで応じていました。
ネット歴長い人間からすると、ひろゆき氏の読みは的を射ている気がします。理由①の「選挙に出るから」も理由②の「スペースがない」も、単独では復帰拒否の決定打にはなりにくい。複数の理由を並べるときは、本当の理由が言いにくい場合であることが多いですからね。
ただし、これはあくまで推測の域です。事務所側の公式コメントは出ていません。
受け入れ先候補の事務所は複数ある
全方位で詰んでいるわけではなく、五十嵐さんによれば「来ていいよといってくださる事務所もいくつかある」とのこと。弁護士業務をしながら次の選挙に向けた活動を両立できる環境を探している段階のようです。
五十嵐衣里の経歴──中卒から30歳で司法試験合格
五十嵐衣里さんの経歴は、政治家としては極めて異色です。年表で全体像を把握した上で、要点を絞って紹介します。
| 年 | 年齢 | 出来事 |
|---|---|---|
| 1984年 | 0歳 | 愛知県名古屋市で生まれる |
| 1999年頃 | 15歳 | 中学でいじめ→不登校→高校に進学せず |
| 1999〜2006年頃 | 15〜22歳 | 飲食店、4tトラック運転手、工場など |
| 2006年頃 | 22歳 | 高卒認定資格を取得 |
| 2008年 | 24歳 | 静岡大学 夜間主コースに入学 |
| 2012年 | 28歳 | 名古屋大学法科大学院に入学 |
| 2014年 | 30歳 | 司法試験合格 |
| 2015年 | 31歳 | 参議院議員・小西洋之事務所で政策秘書 |
| 2019年 | 35歳 | 紀尾井町法律事務所に入所、弁護士登録 |
| 2021年 | 37歳 | 東京都議選(武蔵野市)で初当選 |
| 2024年10月 | 40歳 | 衆院選東京30区で初当選(立憲民主党) |
| 2025年10月 | 41歳 | 第一子(女児)を出産 |
| 2026年2月 | 42歳 | 衆院選で落選(中道改革連合) |
中学でいじめに遭い不登校、高校に進学せず社会へ
愛知県名古屋市出身。中学2年生の頃にいじめに遭い不登校になりました。高校には進学せず、15歳で社会に出てフリーターとして働き始めています。飲食店、4トントラックの運転手、クリーニング配送、パチンコ店、魚屋、工場と職種は多岐にわたります。
トラック運転手から夜間大学を経て司法試験に合格
転機は、2年間働いたアルバイト先での突然の解雇でした。自分で調べて労働基準法の解雇予告手当を知り、実際に手当を受け取ることに成功。
「法律を知っていれば自分や周りの人を守れる」という実体験が、後の司法試験挑戦につながったと公式サイトで語っています。
22歳で高卒認定を取得、24歳で静岡大学夜間主コースに入学。昼は派遣社員として働きながら夜に大学で法律を学ぶ生活を経て、名古屋大学法科大学院を修了し30歳で司法試験に合格しました。
弁護士→政策秘書→都議→衆院議員→落選の全経歴
合格後は弁護士ではなく、まず参議院議員・小西洋之事務所の政策担当秘書に。4年間秘書を務めた後、2019年に紀尾井町法律事務所に入所して弁護士登録。2021年の東京都議選で初当選し政界入りし、2024年の衆院選で長島昭久氏を6,348票差で破り国政へ進出しました。
しかし2026年2月、立憲民主党を離れ中道改革連合の公認候補として出馬するも落選。わずか1年3ヶ月の国会議員生活でした。この経歴を一本の線で追うと、「就活10年ぶり」の重みがよくわかります。
五十嵐衣里の結婚・子供──2025年10月に第一子を出産
五十嵐衣里さんの家族について「情報がない」と思っている方も多いかもしれませんが、実はすでに公表されています。しかも、その背景にはかなり重い事情がありました。
2025年10月2日に女児を出産、公式サイトで報告
五十嵐さんは公式サイト(igarashi-eri.com)で、2025年10月17日付の署名入りでこう報告しています。
「この度、私事ではございますが、10月2日に第一子を出産いたしました。母子ともに健康です」
この時点ではまだ現職の衆議院議員でした。Instagramのプロフィール欄にも「41歳で女児の母に」と記載されています。
2025年12月11日のInstagram投稿(@igarashieri_)では、赤ちゃんを抱いた写真とともに「出産しました。毎日新聞から取材を受けました。なぜ私が出産するまで公表しなかったのか」と投稿。毎日新聞の記事(2025年11月29日付)へのリンクも添えられています。
妊娠を隠していた理由は「流産経験」と「公表への恐怖」
毎日新聞の取材記事「『国会議員やめてください』出産報告した女性議員に心ない言葉」(2025年11月29日付)によると、五十嵐さんが妊娠を公表しなかった理由は2つです。
1つ目は過去に複数回の流産を経験していたこと。都議時代にも妊娠12週で流産しており、「妊娠したからといって、当たり前に生まれてくるわけじゃない」と語っています。妊娠を公表すれば流産の経緯も話さなければならず、それがブレーキになったと。
2つ目は「仕事を任せられないと思われる不安」。1期目の議員としてなるべく仕事をしたいという思いがあり、つわりのピークと重なった4〜5月も委員会を一度も欠席せず、4月だけで5回質問に立っています。チュニックでおなかを隠しながら国会に通っていたそうです。
正直これ、読んでいてかなりしんどい話です。妊娠を喜べない環境で、体調不良を隠しながら委員会に出続ける。「1期目だから」という理由で自分を追い込む構造は、政治家に限らず日本の職場全体に通じる問題だと感じます。
出産報告後に「国会議員やめろ」の声も浴びた
出産を公表した後には「国会議員やめてください」という心ない声も寄せられたことが、毎日新聞の記事タイトルにもなっています。
五十嵐さんはInstagram投稿で「妊活〜出産〜産後〜育児。当事者の目線で政策課題に取り組んでいきます」とも書いており、批判を受けてなお、この経験を政策に活かす姿勢を示していました。
結婚相手(夫)の情報は2026年3月時点で非公開
結婚相手(夫)については、2026年3月時点で本人からの公式な発表はありません。出産を公表しているため、配偶者もしくはパートナーの存在は推定できますが、夫の職業や名前などの情報は非公開です。
まとめ:0歳児を育てながら再起を模索中
五十嵐衣里さんの現在をまとめると、紀尾井町法律事務所への復帰は断られ、事務所未所属の無職状態。ただし受け入れ先候補はあり、弁護士業務と次回選挙の両立を模索中です。そして2025年10月に生まれた0歳の子供を育てる母親でもあります。
中卒からトラック運転手を経て弁護士になり、都議、衆院議員、そして42歳で「就活10年ぶり」の無職。波乱万丈というには生々しすぎる人生ですが、次の選挙への意欲は失っていません。0歳児を抱えながらの再起がどうなるか、引き続き動向を追っていきたいと思います。

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